鴨川賛歌                         

                                                         久保  眞澄  

 私は、京都市街の北東、賀茂川と高野川に挟まれた地域に住まいしています。 縁あって宇治の日本語教室に参加させていただき、週に一度、鴨川の東、川端通 りを十条まで南下し、24号線から桃山城の森を抜け、宇治川の土手を走って、50 分で教室に通っています。
 
 退職した夫と私は、鴨川でウオーキングやサイクリングを楽しんでいます。昨 年、川の土手に 「高野川0.3」とか「鴨川12.5」などと記したコンクリートの杭を見つけました。 これは、川の基点からの距離を記したものです。私達は、100mか200mおきに有る 標識を確認して、「鴨川0」はどんな所だろうと知りたくなりました。  
                                 
 先日9月のある日、太陽の光は強過ぎず弱過ぎず、風も無いうららかな午後、ど ちらからとも無く「サイクリングに行かない?」となって、出かけました。出町 から鴨川の東河川敷にあるサイクリングロードを、下りといってもスピードを出 すため、常にこぎ続けて走りました。二条辺りまでは川の中に草の茂った中州が 有りますが、三条・四条ともなると、川幅いっぱいに浅い水面が広がり川底の小 石に反射した光がきらめき、それはそれは美しい光景でした。

                       

 この春先、鴨川は大々的に土砂さらえが行われました。二条より上流は、野鳥 のために中州が残され、両岸に流れを分散させましたが、それより下流十条辺り まで、ブルドーザーが全面的に草や泥をさらえました。その後、梅雨末期の大雨 で、川幅一杯に氾濫した濁流は、全てのごみや泥を流し去りました。川底は大き さや丸みの揃った砂利が、磨かれた玉石のように美しく敷き詰められました。特 に三条十条間は、こんな鴨川を見ることが出来ました。  
 
 この日もこんな川面を横目に塩小路橋まで行き、そこから橋を渡って西岸を走 り、春には桜の美しく咲き誇る石垣の下の道を十条まで行きました。ここで道は 途切れています。いつもはここで引き返すのですが、この日は、「何とかすれば 行けそう」という結論になり、土手の上に自転車を引っ張りあげ、勧進橋のたも とで24号線を横切り、さらに南下しました。土手の上の小道が途切れようとする 辺りで、東岸にサイクリングロードが有ることに気付き、近鉄の鉄橋近くの小さ な橋を東へ渡りました。  

 水深が10cmか20cmで玉砂利が輝いていた川は姿を消し、流れはゆるやかで緑が かった水色に変わっていました。河川敷の小道を南下しながら里程標を探すので すが、草丈が高くて見つかりません。ようやく1.2kmの杭を見つけました。そこか らの長く感じたこと。耐えられず若々しいサイクリング衣装の年配男性に尋ねる と、「そこや」と指差しました。とうとう基点にたどり着きました。私達は「ヤ ッタネ!」とハイタッチ。 
                 ヤッタネ!        

 そこは、鴨川が桂川と合流する所で、伏見区羽束師という所でした。水流はあ るとも思えないくらいに緩く、河川敷には畑が広がっていました。高野川べりの コスモス畑は、あの大雨ですっかり流され、1m程あった土砂は消えてしまったの に、この下流の畑には被害が無かったようです。  

 川は上流ほど一雨ごとに大きく変化し続け、あちこちに砂利の堆積を残し、川 の中に川を作っています。落ち着き所を求めて果てることの無い変遷をし続けて います。私達は、飽きることなくこの移ろいを見ながら歩いています。  

 冬の鴨川にはたくさんの野鳥がいます。つがいのカイツブリがもぐった後何処 に顔を出すか、じっと待ったりします。日差しの下で太陽にまっすぐ向かって両 翼を広げて干している川鵜の姿は、思わず笑いを誘います。             

                            

 真冬の四条大橋の近くで、釣り人の傍にアオサギが立っていました。人の傍か ら、逃げるどころかじっと手元を見ていました。小魚が釣れるや、釣り人がそれ を投げてやりました。「果報は立って待て」です。そこで、駄句を一句。           
    

                  アオヤギの       釣果待ちおる             寒の川           
  

 またこんな季節になりました。