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ハンガリー国ペーチ市との友好に向けて

(在日ハンガリー大使館員 カールマン・アンドレアさん来訪)

クラブ会員 宇治市国際親善協会副会長 今川 博

 宇治市も姉妹都市提携の可能性を感じていただき、同時期、副市長、市会議員、国際交流担当官を派遣され、本格的な交渉も行われたが「財政的事情などから難しい」との回答ですっかり交渉が頓挫する感じとなった。

カールマン氏の歓迎

 あきらめかけていた「姉妹都市締結」に向けての取り組みが彼女の出現で大きく前進するのではないかとの期待感が出てきた。
皆さんご一緒にペーチ市に行きましょう、地図を見て下さい、オーストリア、チェコ、スロバキア、クロアチア、魅力ある国々が日本国内を旅行するほどの距離に群がっております。
ハンガリーは温泉大国でもあります、甲子園球場の3倍もあり、深さが37m、浮き輪で入る温泉、古城を思わせる建物の温泉等、日本とは趣の異なる温泉が多数あります。(水着着用)

 背景には、2010年の訪問時に姉妹都市締結に向けて大変積極的であったタシュナディ市長が2009年、53歳の若さで急逝され、その後の選挙で後継者が敗北したことも大きく影響したようである。
以来、2011年にペーチ市から4名の来訪者を受けたものの、姉妹都市に向けての取り組みは閉塞感の漂う中で3年余の時間が経過した。

 

あれからはや5年の歳月が過ぎた。

 2008年の夏、在ハンガリー日本大使館で思いもよらなぬ盛大な歓迎を受けた後、ひまわり畑の続く車窓を見ながら、それほど速くない特急列車でペーチ市へと向かった。
ペーチ市においてもタシュナディー市長以下の市幹部、コチ、ラスロー国会議員までもが参加いただいた懇親会や昼食会、姉妹都市締結に向けての第1回交流は順風満帆のスタートであった。
 昼食時「2010年、ペーチ市は名誉あるヨーロッパ文化都市に制定された。この機会にぜひ再度の訪問をしてください。日本文化の紹介もして頂けたら」の要請を受けた。

 土屋副市長との会談は終始和やかな雰囲気で進み、アンドレアさんが日本語に堪能であることから、通訳も不要であり短い時間とはいえ、充実の懇談を計って頂いたように感じた。
 種々の経過はあったが、宇治市も基本的スタンスは変わっていないことが確認され、又カールマン氏は「年末の帰国時にぜひペーチを訪問し、今回の話を直接先方に伝えたい」
トップが変わるとき、必ずしも引継ぎが上手くいかないケース(今回は前市長の逝去)は多々ありこれを機会に「宇治市とペーチの友好に向けて大使館員として努力したい」とのコメントも聞かれた。

 今年に入り、この話の提案者(元、在ハンガリー日本大使館 鍋倉 眞一大使)から、久保田 勇氏(宇治市国際親善協会会長、前宇治市長)に電話があり、その後の経過を確認されるとともに「今年から在日ハンガリー大使館に日本語の堪能な書記官が就任しているので、一度相談したら」の提案を受け、11月に私自身、ハンガリー大使館を訪問、これまでの経過を詳しく説明、書記官※も大いなる興味をお持ちいただき、「自分自身で宇治を訪問したい」との意向から今回の来訪が実現した次第である。  ※カールマン・アンドレア氏 2等書記官(文化 広報担当)

「Japan Day」より

 この機運に乗って「宇治市とペーチ市の友好を育てる会」も発足させ、要望を受けていた2010年の再訪問に向けて着々と準備、その間2009年には宇治国際交流クラブ混声合唱団有志が多忙なスケジュールの中、ペーチ市を訪問され、先方が答礼に披露された「アカペラ合唱団」の歌唱力に圧倒されたとの話も聞かれた。

 2010年、宇治国際交流クラブを主力とする22名のメンバーでペーチ市を再訪問、念願の日本文化の披露を「JAPAN DAY」なるタイトルで催すことができた。
琴、茶席、尺八、詩吟、スケッチ、生け花、習字、折り紙等、日本文化の一端をパーフォーマンス、会場はあふれるばかりの大盛況、後日談でもペーチ市市民にも思い出に残る催しであったと聞いている。

有名なヘーヴィーズ温泉

ペーチ市役所での面談

在ハンガリー日本大使館前